絵画表現の過去と未来をつなげる

「芸術家は崇高な美のために命を捨てなければならない」
絶望の中で絶えず生きることの意味を問い続ける日洋会

41年前、日洋会は固定化され身動きが取れなくなっている画壇への危機感から出発した会である。未完成でも骨太で、はつらつとした芸術作品を目標にかかげ新人の発掘と育成に邁進してきた。しかし今、我々を取り巻く世界は政治、経済はもちろん美術界も日洋会創立時と比べると時代は大きく変わってきた。

科学文明の進行とともに公募展の作品の中にも科学技術(AI、IT)を使用した作品が話題になるようになってきた。科学技術を使用した作品は目標やルールがきまれば簡単に作れる。しかし科学技術そのものは人間を通さなければ目標やルールは確立出来ない。それ故、何のために使用するのか、人間はどう生きるのか、美の存在とは、、、といった哲学が今後いっそう必要になってくる時代である。

19世紀以後、科学と哲学は分離して科学が神となった。
過去の価値観を破壊し、人間が古来より持っていた目に見えない神的なものや霊性、聖なる秩序を排して全てを科学技術の力で楽をして表現しようとするロボット的芸術である。
今こそ、人間の原始の野蛮さを取り戻し、血のにじむ命がけの芸術について考え続けなければならないだろう。作家は作品制作に畏れを感じなければならない。

創立時の美術家達が美術表現への危機意識から出発したように、再び真の美は「精神のリアリズム」にあることを理想にしなければならない時代が来ている。
芸術創造は謙虚な精神生活を通してのみ可能である。一人一人がどのように生き、どのように死ぬかの哲学が必要だ。美が真理の追究具象・抽象を包括した、平面絵画の可能性への挑戦の中にあることを自覚しながら、自己と格闘した作品を望みたい。
絶望は希望を生む、日洋会の再出発の時、人間本来の生を思索する芸術家を求む!!

理事長 小灘一紀